2009年11月7日土曜日

繁昌亭との共通点


140Bの中島さんがブログを書いて下さった。
1年前の話である。そのブログにある通り、私は「出版して下さる会社のあてが全くない」にもかかわらず、桂三枝師匠には「本にしますから長時間インタビューさせて下さい」と強引にお願いし、そのインタビューに中島さんにも同席していただいたのである。
私にすれば、出版業界に詳しい中島さんに私の取材現場を見ていただき、その内容をご理解いただいた上で私の原稿「売り込み先」出版社を紹介いただけたらなあ・・・という「厚かましい」思いからお声掛けしたのであった。
まさに私の一方的な都合、思惑、下心、邪心等々からの「悪魔のお誘い」であったが、中島さんは気持ちよく「悪魔」に同調して下さった。結果として三枝師匠には3度インタビューし、そのうち2回は中島さんにも同席していただくことになる。そして中島さんのブログにもある通り、3回目のインタビューが終わった後、一服目的で入った喫茶店で「140Bからの出版を検討したい」旨のご提案をいただくのである。
私はとても複雑な気持ちだった。もちろん、自分の本を出版下さるというご厚意はとても嬉しかった。しかし、反面、業績は堅調とはいえ、「スタートしたばかりの140Bにご負担をかけてはならない」という思いが強かった。何といっても私は著作もなく、文筆実績もない素人である。加えて、「書きたい」という気持ちとタイトルは「奇跡の寄席 天満天神繁昌亭」にしたいという考えはあるものの、具体的な構成などなどは、「書きながら考える」という計画性も何も無い最低最悪の書き手でもあったからだ。
私は、そのことを中島さんにもお話しした。ところが、である。中島さんは顔色ひとつ変えず、「私も会社を経営しているので商売にならないと思ったらこんな話はしません」と仰ったのである。そして、ここから、140B発行の「奇跡の寄席 天満天神繁昌亭」は具体化に向けて歩み出すのである。
土地や資金だけでなく、運営ノウハウも一切無いにもかかわらず、「上方落語の定席が欲しい」という桂三枝師匠の思いで動き出した繁昌亭。かたや、出版社のあても原稿化できる見込みも全くない中、「本にして残したい」という気持ちだけで走り出した書籍「奇跡の寄席 天満天神繁昌亭」。
この両者のスタートは、不思議なことにちょっと似通っている。そして、「数多くの方々のご尽力により完成した」という点でも一致している。偶然ではあるが、なかなかおもろい偶然である。
中島さんのブログを読ませていただき、ふと、そんなことを考えていたのである。(東京まで出向き販促に奔走する中島さん。おおきに

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